27歳で緊急脱出!仕事が嫌なので0円でセミリタイア!!

2020年6月に5年続けた仕事が嫌になり資産がロクにないまま勢いで辞めた人間の末路をお楽しみください

もしかしたら好きかも【僕が自由に書く本気記事】

どうもポテトです。

ここ最近、僕はブログにハマっています

それは記事の更新スピードからも明らかだ。

最初は副業のつもりで初めました。

でも意外とやってみると、僕は文章を書くのが存外に好きなのかもしれない。そう思った。

 

普段あんまり人と喋らないからだろうか。

あまりにコミュニケーションが少ないゆえに文字の出力だけで脳が喜んでいるのだろうか。

固くなった身体がほぐれていくように、僕の脳はカチカチだったのだろうか……。

一応チェスとかして頭の体操してるんだけどな……。

 

だが困ったことに、自分が楽しむための文と人が求める文には大きな隔たりがあるだろう。

僕が好き勝手に筆を取ると、自己満乙と読者の皆さんから引導を渡されてしまうだろう。なにそれ。怖。

 

でも僕はセミリタイア者だ。

嫌いなことは徹底的にやらないためにリタイアしてるのだ。

ならばいかに副業といえど、僕が好きなことを我慢してまで、読者が求める文を作ろうと魂を売る必要はないはずだ。

そもそも読者が求める文を僕が適格に把握できているというのが驕っている気もする。

ということで、僕は好きなことをしようと思う。

それがセミリタイア者である僕の矜持なのだ。

 

僕は牛丼を食べる時、好きな肉を食べ、嫌いな玉ねぎは残す。

我儘な男なのだ。

自由に生きるとはこういうことだ。

そんなふうに自己肯定しながら玉ねぎを華麗に残す。

隣のJKが怪訝そうに見てても、華麗に残す。

意思は曲げない。絶対に。

意思を曲げると後でなんで俺は玉ねぎを食ったのか。

人生で食べれる総量は決まっているのにと、一生後悔するからだ。

 

後悔はしたくない。

そんな風に今まで生きてきた。

そのおかげもあってか、今までの後悔はそんなに多くはない。

もちろん失敗もあったが、その場面場面で自分なりの最適な道を選んできたつもりだ。

 

今回も同じだ。

僕は自由に書く。

それが今の最適な道だと信じているのだ。

 

僕はなぜ文章を書くのが好きなのか

それはおそらく元来、文章を書くというのは快楽になり得るからだ。

これは書いていくうちに気づいた。

リズミカルな文章。読み手にとっても書き手にとっても快楽になり得るのだ。

そして書き手には自分で自由に表現できるのだ。

これはとてつもなく自由なことだ。

文章には無限の型がある。

最低限のルールはあろうが、つまるとこオリジナリティを存分に発揮できるのだ。

これは僕に向いている。

自由が好きな僕には向いてる趣味だ。

趣味は人生を豊かにする。

どうやら僕はまた人生を豊かにする七つ道具を手に入れたのかもしれない。手に入れたのは一つだけど。

こうやって文章を好きになると、これはいい趣味だなと思う。

お金がかからない。ネットがあれば最低限、人に見てもらうこともできる。

むしろリアルな人に見せると普通に恥ずかしいからネットがあってよかった。

 

願わくば僕が正直に魂を売らずに書いた文が読み手にとって面白いものであることを願う。

もちろんこれからも文章の熟練には努力する。

僕の振るった筆が人の心を打てるものであることを心から期待している。

自分で自分に期待。これが僕のナルシシズムさ。

ではまた会おう、読者たち……。

 

(今後はこんな感じのテイストで自由に書きます。今後10本ほどは在庫記事が投下されるのでそれは魂を売った記事です(笑))