27歳で緊急脱出!仕事が嫌なので0円でセミリタイア!!

2020年6月に5年続けた仕事が嫌になり資産がロクにないまま勢いで辞めた人間の末路をお楽しみください

青春に失敗した?じゃあ僕が頑張って肯定してあげる【僕が自由に書く本気記事13】

どうもポテトです。

ブログ運営において読者のニーズに応えることは書き手にとって重要であろう。

その中でも意識高い系の人から言わすとペルソナが重要らしい。

ここで学のない者のために説明しておく。

 

ペルソナとはマーケティングなどにおいて、顧客の人物像を架空で設定すること。

つまり、顧客の人物像を細部まで想定し、それに合わせた商品を作ることでヒット商品を作ろうという考え方なわけです。

 

これを受けて、僕は目を閉じ、夢想する。

――僕のブログを見ている人はいったいどんな人だろう……?

 

そして一つの答えに行き着いた。

セミリタイアを題材とし、その中でも社会から弾き出され、0円でセミリタイアするしかなくなった、僕のような落伍者ブログを見ているような人は基本的に変わり者である。

そしてその変わり者が青春に失敗したことは容易に想像できる。

その事実に気づいた時、僕は悲しくなって涙が溢れた。

 

――あんまりじゃないか……。

青春に失敗した上で、今になっても落伍者ブログを見るしかない人生なんて。

人には希望が必要だ。

どれだけ悲しき状況にあったとしても、物事は考え方を変えるだけで景色が一変することがあるという。

 

「すべてを奪われても、与えられた環境でいかにふるまうかという、人間として最後の自由だけは奪えない」

これは心理学者であるヴィクトール・E・フランクルの言葉だ。

 

そう君たち読者には、まだ希望は残されているのだ。

ならばこの僕が肯定しよう。

どれだけ悲惨な過去も、僕の脳をフルスロットルにして肯定しよう。

今回はそんな企画である。(前置き長っw)

 

そもそも青春とはなにか

Google先生に聞くと、こう答えた。

「若い時代。人生の春にたとえられる時期。希望をもち、理想にあこがれ、異性を求めはじめる時期」

 

僕はこれを見て、こう考えた。

若い時代だとか、人生の春だとか。下らない中身のない言葉だなと。

 

人はいつ若くなくなるのか。

人生の春とはいつなのか。

それを決めるのは、あくまで自分なのではないだろうか。

どれだけ自分が老いようと、どれだけ無限回、虚しき春を重ねたとしても、僕たちがそれを諦めない限りまだ若く、そしてまだ人生の春はくるのである。

 

希望をもち、理想にあこがれ、異性を求めはじめる時期というのが青春というのであれば、君たち変態野郎共は常に気持ち悪く、異性を求めているじゃないか。

 

足りないのはそこに希望がないだけだ。

なぜ君たちに希望がないのか?

それはひとえに自分に自信がないからだろう。

自分に自信を持ち、希望や夢に溢れた人間はいつだって青春できるのだ。

 

では、どうすれば自分に自信が持てると思う?(くるぞ……くるぞ……)

 

 

――セミリタイアだ。(意地でも繋げる)

セミリタイアしてしまえば、現状最上級のヒエラルキーだ。

世の中全ての社畜を置き去りにして、モテモテナンバーワンの称号を手に入れることもできるだろう。

なぜならセミリタイア者には周りに左右されない気高い心と、社会に馴染めなかったゆえの優しき心を兼ね備えるからだ。

その怒涛の進撃のような魅力に充てられた異性はもう君にメロメロだ。

 

さぁ全ての理論は構築された。

青春したくばセミリタイアだ。

セミリタイアさえすれば何歳だって遅くはない。

諦める必要なんてないんだ。

進め。

今進むのだ。

さすれば君はモテモテナンバーワンの称号を手に入れることができるだろう。

 

健闘を祈る。

エル・プサイ・コングルゥゥ……。(シュタゲ風)