27歳で緊急脱出!仕事が嫌なので0円でセミリタイア!!

2020年6月に5年続けた仕事が嫌になり資産がロクにないまま勢いで辞めた人間の末路をお楽しみください

労働がきついのって大抵人間関係だよな

どうもポテトです。

労働はできればしたくない、そう思っている人が多いでしょう。嫌なことをするからお金が貰えるので、仕事は総じてみんなが嫌がることになるという話もあります。

 

確かに仕事がつまらないことは確かですが、人が本当に嫌になったり病んだりするのは人間関係のほうではないでしょうか。

 

接客業は大体病む仕事

不特定多数の人と関わる仕事はやはり心が病みやすいと思います。コールセンターや小売り、飲食など、人と多く関わる仕事はいつか人とトラブルが起こります。

 

企業に属すると病む

そして企業に属すると上司や社長、先輩などいろんな人が自分より上から目線で話しかけてくるわけですよ。なんでこいつは初対面でタメ口なんだ?キモイなコイツwとか思ってもなかなか言い出すこともできません。

 

本来どんな仕事も人間関係さえ良好ならもっと楽しいのではないだろうか

みんながもっと謙虚で心優しい人間であれば、仕事に負のイメージがつかなくなるのではないだろうか。

 

苦しい仕事でも楽しくやれる仲間たちがいれば、それはさながらRPGの冒険の苦難のように清々しく立ち向かえるのではないだろうか。

 

仕事に対して負のイメージがあるのは同時に人に対して負のイメージがあるからではないかと僕は勘ぐってしまうわけだ。

 

給料が安いから人は病むのだろうか、休みが少ないから人は病むのだろうか、僕はそれは違うと思う。だって楽しいことなら僕たちは無給でも永遠にやっているじゃないか。無給でも無意味でも僕たちはアニメを見たりゲームをしたりする。それはすなわち負の人間関係がなく楽しいからであろう。

 

僕は人が嫌いだ

そう言うと「なに、この人怖い……」とかマイナスに思われると思うが、本来これは当然のことだ。人が仕事を嫌いなのは、即ち人が嫌いだからだ。僕はそう思っている。

 

それなのに正直に自分は人が嫌いだと言うとなぜか珍獣を見るような目で見られる。まるで人が嫌いという不都合な真実言ってはいけないみたいに。

 

本来、現状の人間のレベルでは皆が人を嫌うのは当たり前だと思っている。何も満たされないこの世界において人が他人を慮る余裕はなく、ただただ自己中に振る舞い、他者を貶めることで自己のストレスを紛らわそうとするからだ。

 

それなのに人は、愛だの平和だの助け合いだのという綺麗な言葉を並べあげ賞賛する。そしてその綺麗な言葉は残念ながらハリボテでしかないがゆえに病む人、うつ病になる人が絶えないのである。

 

人が嫌いという当たり前の価値観すら大っぴらに言うこともできないこの世界はやはり息苦しいと言わざるおえないだろう。

 

汚い真実は言ってはいけないのだ。都合の悪いことは言わず、嘘をつき、空気を保とうとするのが正解とされる世界だからストレスが貯まるというのに。

 

僕は思う。人が嫌いだ。人は自己中で醜いものだ。そういう真実的な価値観を認めた上で僕たちはどう対応したらいいだろうか?そうやって我々のマイナスをまず受け止めてからプラスの空気を作るべきなのだと。

 

都合の悪いことを隠すのではなく、受け止めて前に進むのだ。

 

だから僕は「人が嫌いだ」という価値観をネガティブな言葉だとは思わない。

 

不都合な真実だからこそ真っ先に皆で共有し立ち向かうべきだと思っている。だからこれはポジティブな言葉のはずだ。

 

しかし世の中の人間は悲しいことに価値観や知能レベルが違うため、僕のこの主張を理解できる人は多くないだろう。

 

人間はまだまだ頭が悪い個体が多いのだ。だからそのような場所においては沈黙と肯定こそが優先される。既存の腐った価値観が覆るまでには時間を要すのだ。今日までネクタイとかスーツとか頭が悪く機能性の低い装飾が生き残り続けるのもこのためだろう。

 

世界は頭のいい人と悪い人全てのバランスを保ちながら存在しているがゆえに、非効率極まりない動きをしているのだ。

 

しかしそれでも世界は少しずつ進歩しているように僕は思う。だからいつか仕事に負のイメージがなくなる日は必ず来るだろう。人間関係のストレスが無くなる日は必ず来るだろう。

 

一つ残念なことは僕が生きる時代ではそのような理想郷は決して訪れないということだ。人間がもっともっと頭が良くなるのは僕が死んでからの話だ。僕はそれだけが残念でならない。もし一つ願いが叶うのならもう200年ほど未来に生まれたかったと僕は思う。