27歳で緊急脱出!仕事が嫌なので0円でセミリタイア!!

2020年6月に5年続けた仕事が嫌になり資産がロクにないまま勢いで辞めた人間の末路をお楽しみください

学校で社会生活を学ぶ?性格歪むだけじゃない?

どうもポテトです。

現代では義務教育と称して皆が学校に通うわけですが、僕はそれこそが人の性格を歪める根源なのではないかと考えている。

 

人は生まれながらに平等ではないのだ

人は生まれる場所を選べないゆえに誕生の瞬間から平等ではない。しかし学校では皆が一律に同じ教育を受ける。

 

同じ教育を受けるところまではいいのかもしれない。だが、不平等の世界において本人の意思と関係なく人と関わり、人と一緒に教育を受けるのは害でしかないと僕は考えている。

 

なぜならそこには明確に優劣がついてしまうからだ。

 

本が大好きで運動をまったくしない子供もリレーとかいう駆けっこ遊びに付き合わされる。

 

数学が嫌いな人間もみんなと平等に授業を受けテストを受ける。

 

練習していない人間、身体が出来上がっていない人間、そのものに興味がない人間。

 

これらまだ競争するには程遠い子供たちがなぜか強制的に競争を強いられ、勝者と敗者に区分けしようとする。

 

勝者は他の子ども達から賞賛され、親に賞賛され、先生に賞賛され、自らを尊大な魔物へと成長させるだろう。

 

敗者は他の子ども達から侮蔑され、親から落胆され、先生から悪い評価をつけられ、自らを出来損ないだと考える卑屈の魔物になるだろう。

 

僕は現代のこの決まりきった成長過程が物凄くくだらない。

小さい歳から野球をしているものがいる。その子供たちは運動能力が他と比べて高くなるのは至極当たり前だ。

 

小さい歳から塾に通うものがいる。その子供たちの学力が他と比べて高くなるのは至極当たり前だ。

 

幼稚園、小学生、中学生、幼い頃から学校で行われる競い合いは最初から出来レースだ。最初から勝者と敗者が至極当然のように決まっている。

 

普通なら自分が負けるとわかっている勝負なんて皆しないだろう。もし勝負するのであれば入念な準備を行い努力し、その上で戦うものだ。

 

しかし学校教育は強制的に競争させられ、そこでなぜか社会の序列が作られている。

 

これでは子供たちの性格が歪むのは至極当然だ。

 

勝者になろうと、敗者になろうと、歪んでしまうことになるだろう。その悪辣な環境に身を落とした時点で性格が歪むことは確定してしまうのだ。

 

本当にくだらない事実である。

 

今後は学校に通わない人が増えてきてもおかしくないよね。

現在からするとありえない未来のように思えるが僕はそう考えている。

 

なぜなら学校教育というのは上記でも話した通りガバガバの性格が歪むことが確定した最低の環境だからである。

 

今までは自分の子供だけでも性格が歪まないように親は教育を熱心にしたのかもしれない。同じように歪むとしてもせめて勝者になるようにとね。子供の競争は出来レースゆえに勝者に仕立て上げるのは簡単だからである。

 

でも今後の教育は僕は違うと考えている。そんな薄っぺらい勝ちにこだわる必要はない。なぜなら、現代の環境はもう既に学校なんて通わなくも十分に学習することができるからである。そして学校に通わなくも将来お金を稼ぐことも可能である。

 

わざわざ強制競争という歪んだ社会に身を落とすこともなく、一人静かに信頼できる講師だけを招いて学習するのが今後の主流となるだろう。そっちのほうが性格も歪まずに済むだろう。

 

間違っているもの、劣っているもの、そういった風習は時代と共に淘汰されていくのが世のつねだ。現代では当たり前の学校も僕にとっては間違っていて、劣っている糞環境にしか見えない。よっていずれ淘汰されていくと思っている。

 

『撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだ』

名作アニメコードギアスの言葉である。銃を撃っていいのは自分が撃たれる覚悟があるやつだけということである。

 

本来、競争とはこうあるべきだ。殺しにいくなら殺される覚悟をするべきだろう。

 

だが強制競争にはそんな覚悟は存在しない。自分はいつも好きなアニメを見てるだけのインドアなのになんでいつも野球やってるやつと50M走勝負しないといけないの?そんな敗色濃厚な勝負で負ける覚悟なんてしたくないんだがwwwwwこれである。

 

人は自らの行動にしか責任をもてない。だからこそ人は全ての行動を自らの意思で決定するべきだ。

 

強制された行動で起こった結果は人を歪ませる。納得いかないからだ。

 

本人が納得しない教育は糞である。シンプルにして真理なのだ。

 

学校はそういった理不尽を伝えるための場所なのだろうか?

こういった至極当然で頭の悪い教育が今日までなされているのは、結局は人を歪ませることが目的だからなのだろうか。

 

早めに劣悪環境に慣れさせストレス耐性を付けろということだろうか。

 

会社も歪みだらけの糞環境なので、その予行練習ということだろうか。

 

だが僕はいつも言っている通りストレスは慣れるものではない。身体を壊し精神を壊す。だからこそセミリタイア者というはぐれメタルスライムが出てくるのである。

 

であれば、せめて教育ぐらいは劣悪な環境にしないで貰いたい。劣悪な環境にせずともできるはずだ。そう未来の人間が気づき行動するのはおそらく50年ほど後になるだろう。だが僕はここで予言しておこう。聡明なる親たちが個人教育を力を入れだし学校がオワコンになることは既定路線だ。なぜなら間違ったものは淘汰される。それが絶対法則だから。

 

僕の生きる時代ではおそらく変わらない悲しい事実だ。でも今回も僕は薄っぺらく祈ろうと思う。

 

いつか歪んだ環境がなくなりますようにと。

 

いつか子供たちがもっと正しく競い合えるようにと。

 

自分が大人になり、もう自分には関係のない話でも、僕は今日も薄っぺらく祈るのだ。

 

だって僕は正しいことが好きだから。